Ask Me, Ask You. | 1

生き且つ愛さなければならない。命も愛も終わりがある。
運命の女神よ、この両者の糸を同時に切ってください。

                 (J.W.Goethe)














Ask Me, Ask You.
















バタバタと、常には珍しい音を上げ瞬は聖域の石段を駆け上っていた。
アテナ神殿、其処に彼は居る。
聖闘士として見目よりも鍛えられた瞬の身体ではあったが、石段を駆け上がるという「たった其れだけ」の運動に、瞬の息は切れ切れになっていた。
不安と恐怖が瞬を苛んでいた。聖戦から此方、此処まで己の心を引き攣らたことがあっただろうか。瞬は無意識の内に己の胸に遣った手を握り締めていた。

―――大丈夫。彼は、彼なら、大丈夫。

大声を上げて叫びだしたい衝動を、何とか残った理性で押し留め、縺れる脚を前へと運ぶ。

―――きっと何時もの悪ふざけ。僕をからかってるんだ。

自らに言い聞かせ、言い聞かせ。
そうでもしなければ、己を保っていられない。
まだ涙は流れていない、だから自分は大丈夫な筈なのだと、瞬は神殿を見上げた。


アテナの命により、小競り合いの続く北欧の小国へ出向いていた蟹座の黄金聖闘士・デスマスクが瀕死の重傷を負って聖域に戻ってきたという情報は、デスマスクの帰還を心待ちにしていた瞬の耳にも、直ぐ届いた。
他の聖闘士と比較してしまえば態度こそ褒められた点の少ないデスマスクだが、その実力は違える事無く黄金聖闘士のものだ。どの様な理由から現状に陥ったのか。
それでもデスマスクは、自力で聖域に帰還したらしい。アテナの御前でらしくも無い体を晒しているのが自分でも気に食わなかったのだろう、如何にも面白くなかったという態度で報告を済ませ、次の瞬間にはプツリ糸が切れたように伏してしまったと聞いた。
今は教皇宮ではなく、アテナ神像の膝元で、アテナ自らの小宇宙を送られ傷を癒しているとの事だった。しかし、未だ意識は回復していないという。

まるで今、死に直面しているのは自分ではないのだろうかと瞬は思った。
デスマスクと想い交わす様になったのは何時からだっただろう。
まともに言葉を交わしたのは。
まともにその瞳を覗いたのは。
聖戦後。聖域復興の手伝いに訪れていた際、アフロディーテの守護する双魚宮で、ではなかったか。
不審者でも見るかのように、その紅い瞳で見つめられた時は、ただ只、怖いと思ったのではなかったか。
口を開けば人を馬鹿にしているだろう言葉ばかり吐く。面倒だ、馬鹿か、餓鬼が、そんな言葉ばかりだった。言われた己よりも、美しい顔を歪ませ怒りを露にしていたアフロディーテに苦笑したりしたことを思い出した。
そうして、偶々、何かの拍子にその紅い瞳が静かな笑みに細められたのを目にした瞬間、瞬の心は奪われていた。
自分の周りにいる、星矢をはじめとする仲間達以上に、何故か、会うべくして会った相手なのだと、感じた。
もっと貴方が知りたい、と零れんばかりの想いを伝えた時のデスマスクの顔を、今でも覚えている。
瞠目のあと、舌打ちと共に目を逸らし。あぁ、やはり自分のような子供は相手にしてもらえなかったかと俯いた瞬の頭を、デスマスクは雑に引き寄せて腕に閉じ込めていた。
「お前みたいに真っ直ぐに見てくる奴は、苦手なんだ。気の利いたことなんか言えなくなっちまうから。」とバツが悪そうに呟いた顔を見上げれば、苦笑交じりだが、確かに自分を捕らえた笑顔と同じ笑顔が向けられていた。