Ask Me, Ask You. | 2

ぐるぐると巡る記憶に、走馬灯なんて冗談じゃないと瞬は唇を噛んだ。
気が付けばいつの間にか既に教皇宮で、教皇の間に続く重厚な扉を、苦く思いながら開く。
開けた視界に何やら話し込んでいたアテナとサガを捕らえれば、二人も瞬に気が付いた。

「アテナ、アテナ!デスマスクは大丈夫なんですかっ!?」

「瞬、落ち着くんだ。」

瞬を宥めんと、その肩に手を置いたサガに瞬は頭を振った。
誰に何を言われても関係ない。己の目で確認するまでは。
そんな瞬の必死さが手に取るように分かった沙織が、両手で瞬の手を取った。
不意に流れ込んできた、慈しむ様な暖かく雄大な小宇宙に、瞬が思わず口を閉ざせば、代わりにアテナである沙織が口を開いた。

「大丈夫です、瞬。デスマスクは、まだ、眠っているだけ。傷を癒す為に全ての小宇宙を巡らせているから、覚醒できないだけなの。でも、本当に大丈夫。私だけではなく、黄金聖闘士たちも彼に小宇宙を送ってくれたわ。もう目を覚ましても可笑しくない頃合なのよ。さぁ、傍にいてあげて。」

ふわり柔らかく微笑んだアテナに、恐慌状態の瞬の心が鎮まっていく。
沙織はサガに頷いてみせると、サガは瞬の背を押し神殿へと続く扉へ導いた。
神殿へと瞬が一歩踏み出せば、背後で扉の閉まる音が聞こえた。デスマスクと二人にしてくれるという気遣いなのだろう。扉の前に立ったまま、目の前に聳え立つアテナ神像の足元を見れば、冷たい色を放つ石造りの寝台に横たわるデスマスクが目に入った。
たった今、鎮まったばかりの瞬の心がまた耳に五月蝿い程に騒ぎ始め。
血液が逆流しているのではないかという、激しい音が耳底で響いている。

「…デスマスク…っ!」

今度こそ瞬は叫びを上げ、駆け出していた。

「デスマスク、デスマスクってば、起きて、起きてよっっ!!」

全身、白い布で覆われ、蒼い顔を見せているデスマスクの瞳は、瞬の叫び等届かないとでも言うかのように依然閉じられていた。
沙織は大丈夫だと言った。もう目覚める、と。なのに、何故、瞳を開けない?
大丈夫、なら早く目を覚まして。
その紅い瞳で僕を見て。
いつの間にか零れていた涙が、横たわるデスマスクの胸に縋り付くまま、その胸を濡らしていった。

「起きてよ…、また、僕の事、抱き締めて、よぉ…っ、」

そうして慟哭していた瞬の頭に、軽く触れるもの。
優しく髪を梳くように触れる其れに、そっと視線だけ巡らせば、ヒトの腕。
瞬が息を呑み顔を上げれば、薄らと紅い光が見えた。

「……、ハヨ。」

変わらない日常で目を覚ましたかの如く呟いて半身を起こしたデスマスクに、瞬は勢いのまま抱き付いた。
デスマスクの怪我の具合など考える余裕も無く、ぼろぼろと涙が流れるまま何度も口を開くが、言いたいことがありすぎて、これまでの衝撃が大きすぎて、上手く言葉にならなかった。

「あー…、ワリィ。大分、寝過ごしちまったみてーだ、な。」

己の胸で嗚咽を漏らす瞬を抱き留めて、暢気にデスマスクが呟けば瞬がキッとデスマスクを睨みあげた。

「悪役気取って死にたがらないでよっ!」

滅多に無い剣幕で怒りを見せる瞬に、さすがのデスマスクも言葉が詰まった。
ふと捕らえた瞬の目元は赤く腫れていて、ずっと泣いていたのだろうと伺えた。
泣かせたのは、誰でもない自分だということは、瞬時に理解した。口に出さずとも、泣かせる心算なんて何時だってないのだけれど。
己の胸でこうして涙を流す少年に、まず自分は何を言わねばならぬのか。

「……ワリィ……心配させた……」

低く呟けば、逆に其れが何かに触れてしまったのか、瞬はますます涙を零した。

「っ、心配なんかっ…ぅうっ…してないもんっ…」

「……ああ、そうだったな」

「……バカッ……!!」

―――こうして瞬が他人を罵るのは余程のことで、その余程のことを自分はしでかしちまったワケか。

そう、デスマスクは己自身に苦い思いを抱いた。

「……すまねぇ……」

単純だが心からの謝罪は、しかし上手い言葉にはならず、雑にデスマスクの口から転がっていく。
拳で己の胸を叩き始めた瞬を見下ろして、デスマスクは更に抱き締める腕の力を強めた。
口で上手く言えない分、せめて気持ちがここから伝わればイイと。

「……大嫌いっ……」

「……悪かった……」

「……離し…て……」

「それはできねぇ」

きっぱりと言い切ったデスマスクに、弾かれたかのように瞬は顔を上げた。
再び光を取り戻した紅に、涙で濡れた瞬の瞳が捕らえられる。
無言のまま見つめあえば、また瞬の表情がクシャリと歪んだ。

「ぅ…怖かった…よぅ…ぅぅ…」

「ごめんな……ごめん、ごめんよ、瞬」

堰を切ったように泣く瞬を強く抱きながら、デスマスクは聖域に戻ってきた際の事を思い出していた。
民間人を庇った際に、隙を多重に狙われ負った傷だった。他人を庇ったばかりに、黄金聖闘士にあるまじき負傷。恥ずかしくて周りに合わせる顔が無い。苦笑交じりに己から逃げていこうとする血液を見つめ、聖域帰還だけは自力でやってやる、と半ば意地のみでデスマスクは持ちこたえてみせたのだった。
―――アイツにカッコワリィのなんて、見せらんねぇだろ。
そんな胸の裡を覗き見ることのできる人間がいたら、一笑に伏される様なくだらなさ。
自分でヤキがまわったな、と、それでも。

「デスマスク……ボクを…置いて行こうとしないでっ」

「ああ、もう二度としないから……」

震える瞬の身体は、だが暖かい。
そんな温もりを再び感じることが出来た幸福に、デスマスクは瞬に会ってから何度目になるか分からない苦笑を零した。
泣いてくれるなと、腕に閉じ込めて。





置いてなんか、いかない。
置いていかれなんか、しない。
お互いを生かすのも殺すのも、お互いであれ。






END,and…