双子座聖夜曲
「カノン、頼みがあるのだが。」
「断る。」
即答。
皆まで言わないうちに飛び出た拒絶の言葉に、サガが、やれやれと言わんばかりに溜息をつく。
「何だ。話くらい聞いてくれてもいいだろう。」
「聞く必要などない。どうせくだらないことに決まっているのだからな。」
「くだらないとは失礼だぞ、カノン。
私はただ、クリスマスプレゼントをくれと言おうと…。」
「いい歳をして何がクリスマスプレゼントだ。
しかも何故俺がおまえにやらねばならんのだ。馬鹿馬鹿しい。」
「何を言う。世間では、私たちと変わらない年齢の恋人たちとてプレゼントの贈り合いを
しているのだぞ。別に珍しくも馬鹿馬鹿しくもない。」
「俺とおまえは恋人ではない。
大体、何故、信心していない宗教の開祖の生誕を祝わねばならんのだ。
俺にとっての神はアテナだけだ。クリスマスなど関係ない。」
「俺にとっての神はアテナだけだ…か。おまえも、すっかり一人前の聖闘士だな。
私に悪を囁いてスニオン岬に放り込まれた愚かな男と同一人物とはとても思えん。
兄として、これほど嬉しいことはないぞ、カノン。」
弟の成長が嬉しかったらしく、サガが、ふっと目を細めて頷く。
「だが、それはそれ。信心していなくとも催し物として楽しめばよいのだ。
だから、クリスマスプレゼントにアンドロメダをくれ。」
「まだそんなたわけたことを言うか貴様!」
「駄目か。ならば、今日一日だけ貸してくれ。それならばよいだろう?」
「よくないわ!大体、瞬はモノじゃない!くれだとか貸せだとか言うな!」
「モノだなどと…そんなつもりはなかったのだが、言い方が気に入らなかったのなら訂正しよう。
アンドロメダと同じ時間を共有したい。今日は私に預からせてくれ。」
「駄目だ!帰れ!」
「カノン。」
不意に、サガが、怒鳴り散らすカノンを食い入るように見つめる。
「おまえ、だんだんフェニックスに似てきたな。」
「あんな、人間かどうかも怪しいようなヤツと一緒にするな!」
「どうしたのです?大声を出して。」
大の男ふたりの間に割って入った、少し高めの声。
男たちが同時にその声の主へ視線を向けると、そこには、買い物袋を抱えた亜麻色の髪の少年が、
様子を窺うような面持ちで立っていた。
「おお、アンドロメダ、お帰り。
今、カノンが君の兄の悪口を言っていたので、諌めていたところなのだ。」
「サガおまえ!でたらめ言うな!」
「でたらめとは何だ。今しがた、人間かどうかも怪しい、などと言っていたではないか。」
「それは、おまえが…!」
「カノン…。」
瞬が、買い物袋を抱えたまま、少しばかり顔を曇らせる。
「カノンは、兄さんが嫌いですか?」
「そういう話をしていたわけじゃない。サガの言うことなどに耳を傾けるな。
それはそうと、今日は荷物が多いな。年末の買いだめにはまだ早いぞ。」
「それとなく話題を逸らしたな、カノン。」
「黙れ。瞬、そっちの袋は何だ。」
いつもは買い物の内容のことなど気にも留めないかカノンが、瞬の左手に下がっている袋を指差す。
どうやらサガの指摘は的を射たものだったらしい。
「え…と、今日はクリスマスイブなので、七面鳥の丸焼きを。ハーフサイズですが。
…って、実は、肉屋のおじさんに勧められて、つい買ってしまったんですけどね。」
あんまり強引なので参りましたよ、と、困ったように肩をすくめながらも、
どこか楽しそうに微笑む。
その表情を、カノンは、仕方がないといった面持ちで見つめた。
威勢の良い呼び込みにたじろぎながらも、世間で言うところの『特別な日』を意識し、
結局は肉屋の策略にはまってしまった瞬の姿が、目に見えるようだと思った。
「ならば、その七面鳥は私の部屋で頂くとしよう。
せっかくだから他にもいろいろ作って…そうだな、フルーツたっぷりのサングリアを仕込んで、
とっておきのワインをあけよう。」
そう言って、瞬の傍へ近寄ろうとするサガを、カノンが、すかさず肩を掴んで引き止める。
「おいサガ、誰がおまえにやると言った。肉が欲しければ自分で買いに行け。」
「私は別に肉が欲しいわけではない。
クリスマスに無関心なおまえの代わりに、アンドロメダの相手をしてやろうと、そう言っているのだ。
考えてもみろ。アンドロメダは、今日がクリスマスイブだからこそ七面鳥を買ってきたのだぞ。
だからそれは、クリスマスを祝う者のもの。
つまり、クリスマスを祝う気満々の私とアンドロメダのものなのだ。」
「おかしな屁理屈をこねるな!何故俺が、おまえに肉を買ってやらねばならんのだ!」
「心配せずとも代金は払ってやる。それならば文句はないだろう。」
肩に置かれたカノンの手を振り解きつつ、サガが瞬に目を向ける。
「アンドロメダ、カノンにとって、神はアテナお一人。
だから、クリスチャンの祭日を祝う気は更々ないそうだ。
ここに居ても何も楽しいことはない。私と一緒に過ごそう。」
「え…。」
「誰がおまえのところへなどやるか!帰れ!」
「クリスマスを楽しもうと、七面鳥まで買ったアンドロメダの気持ちはどうなる?
私は彼の思いを汲んで、一生の思い出になるような、甘美なクリスマスを過ごさせてやりたいと
思っているのだぞ。
美味い食事に楽しい会話。そしてロマンス。
口当たりのいい酒でアンドロメダを酔わせてベッドに連れ込み、めくるめく一夜を過ごしてやろうとか、
そういうことを考えていないとは言い切れんが、そうなったらそうなったで彼のことは私が責任を
持って引き取るから、まったくもって問題なかろう。」
「大有りだ!帰れ!このケダモノが!」
今にも大技を繰り出しそうな勢いで、カノンがサガに怒鳴り散らす。
その、不機嫌真っ盛りな形相のまま、七面鳥の入った袋を瞬からひったくってサガに押し付け、
そのまま背を押して、ズカズカと出口へ追い立てる。
「肉はくれてやる!だから二度と降りてくるな!」
「そうか。おごってもらうつもりはなかったのだが、くれると言うのなら、ありがたく頂こう。
では、アンドロメダ、行こうか。」
「しつこいぞ貴様!いい加減にしろ!」
こめかみに血管を浮き上がらせながら、カノンが、尚もサガを追い立てる。
そんな弟を、サガは、さも可笑しそうに見やりながら、ふと、その先に佇む瞬に別の笑みを送った。
そのまま、カノンには気付かれないように、口許のかたちだけでメッセージを送る。
その作業を終えてから、サガは、表面上は不承不承といった体で、双児宮を後にした。
「まったく、毎回毎回鬱陶しい。」
宮の中へ戻りながら、カノンが吐き捨てるように呟く。
「飽きもせず、よくも毎日のように通ってこられるものだ。あんな暇人が教皇とは、世も末だな。」
「…メリークリスマス。」
「…?何だ。」
「…って、サガが言っていました。さっき。とても優しい顔で。」
「優しい?やましいの間違いだろう。そんなことより、行くぞ。」
フンと鼻を鳴らしつつ、カノンが下へ降りる階段へ足を向ける。
「どちらへ?」
「買い物だ。肉をサガにやってしまったからな。七面鳥の丸焼きを買った店は覚えているか?」
「え…?だって、クリスマスを祝う気はないって…。」
「クリスマスは関係ない。七面鳥が食いたいだけだ。」
まるで愛想のない言い方だが、その背は、何となく決まり悪げにも見える。
その様子に、瞬は、ふっと頬を緩めながら、広い背中の後を追った。