双子座聖夜曲 | 2
聖域の者たちが利用している市場は、いつもに増して、人出が多いように感じられた。
行き交う人々の表情も、どこかしら浮かれているように見える。
「やけに混んでるな。」
すれ違う人々と時折ぶつかりそうになりながら、カノンが呟く。
その2、3歩後を歩きながら、瞬は、そうですね、と頷いた。
「でも楽しいです。お店も人も活気があって、お祭みたい。
そういえば、初めてですね。あなたと買い物するの。」
「そうだったか?」
「そうですよ。こういうところを一緒に歩くなんて、何だか不思議な感じがします。」
弾むような声。
ちらと振り返ると、にっこり微笑む瞬と目が合った。
その返答に窮したのか、カノンが思わず視線を逸らす。
「…肉屋はまだ先か?」
「もうすぐです。あ、ほら、あそこ。」
少し後ろを歩いていた瞬が、小走りにカノンの横に並んで、通りの左前を指差す。
「まだあるかなあ。僕、ちょっと見てきますね。」
言うなり、器用に人の波をすり抜けて肉屋の店先へ向かい、商品整理をしていた恰幅の良い店主に声をかけ、そのまま二言三言、言葉を交わした。
ややあって、店に着いたカノンが様子を窺ってみると、店頭には鳥の丸焼きは見当たらず、代わりに、残念そうに息をつく瞬と、申し訳なさそうに頭を掻く店主の姿が目に入った。
「悪いねぇ。せっかく来てくれたのに。」
「いえ、仕方ないですよ。カノン、七面鳥は、ついさっき売り切れてしまったそうです。」
「そうか。なら、他を当たるか。」
「ああ、ちょっと待ちな。」
踵を返しかけたカノンと、軽く頭を下げて背を向けかけた瞬を、店主が呼び止める。
「この人出だ。他へ行っても、あるかどうかわからないし、よかったら、七面鳥が食べられる店を
教えてあげるよ。ディナーにはちょっと早いけど、その分、待たされずに済むと思うし、行ってみたらどうだい。」
「あ、いえ…。」
「近いのか?ここから。」
「ああ。ほら、あそこに八百屋があるだろう?そのすぐ奥の筋を突き抜けたら、ちょっと大きな通りに
出る。そのすぐ右手の店がそうだ。くすんだ緑色の看板がかかってるから、すぐわかると思うよ。
それはそうと…。」
肉屋の店主が、しげしげと、カノンと瞬を交互に見やる。
「何やら不思議な組み合わせだねぇ。あんたたち、どういう関係だい?」
「別に何でも…。」
「僕の先生なんです。この人。えーと、武術の。」
「へぇ、武術?護身か何かのために習ってるのかい?」
「まあ…そんなところです。」
「そうか。ここいらにもガラの良くない連中がいるから、しっかり強くしてもらいな。」
納得顔で頷く店主に、瞬が曖昧な笑みを返す。
一方のカノンは、若干顔をしかめながら、そのやり取りに目を向けていた。
「俺は武術の先生か。」
店を出て、肉屋の主人に教えてもらった料理店へ行く道すがら、カノンが呆れたように言葉を吐く。
「だって、本当のことを言ったら、いろいろ訊かれるかなと思って。
それに、あながち的外れでもないでしょう?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、瞬が、その顔を見上げる。
「僕は、あなたから技を教わっているのですから。これからも宜しくお願いしますね。『先生』。」
「ふん。」
頷きと取るには中途半端な返答。
どう返せばよいのかわからないといった風である。
「そういえば、あなたと外で食事をするのも初めてですよね。」
「そうだな。」
「七面鳥も初めてですし、今日は初めてづくしだ。」
「何がそんなに嬉しいのか知らんが、よそ見しているとぶつかるぞ。」
「大丈夫ですよ…あっ。」
言われた傍から、瞬が、中年の女性とぶつかりそうになるのを、カノンが、その腕を引いて
阻止させる。
「言わないことではない。」
「すみません。ありがとうございます。」
謝りながらも、その顔は、無邪気な高揚を湛えたまま。
瞬を双児宮へ据えてからこのかた、初めて、年相応らしい表情を見たような気がした。
「…出てきてしまったものは、仕方がない。」
観念したように、カノンが息をつく。
年に一度くらいは、こういう時間があってもかまわないだろう。
そのようなことを考えながら、カノンは、瞬の腕を掴んだまま、人の波の間を縫うように
歩みを進めていった。