薔薇の惑い

 アフロ瞬

 Angel Trip | 2

目を覚ますと、隣で眠りについていたはずのアフロディーテの姿が消えていた。
僕は、そろりそろりとアフロディーテが寝ていた場所に手を伸ばす。
シーツはすでにすっかり冷え切って、彼がベッドを出てから随分と時間が経っていることを教えてくれた。
窓の外はまだ夜が明けたばかりで、冷たく霞んでいる。一人寝のベッドはなんとなく寒い気がして、膝を胸まで引き上げた。
いつもなら、目覚めるとすぐそばにあの美しい顔があるのに…朝日よりも輝く笑顔で僕に「おはよう」って言ってくれるのに。
僕はギュッとシーツを掴むと、乱暴に寝返りを打った。

何度目かの寝返りを打つと、僕は仕方なく起きあがった。
朝は苦手。
本当の僕の寝起きはとてつもなく不機嫌で、それでも気分良く起きられるのは、アフロディーテが見ていてくれるから。 僕は、窓からやわらかく差し込んでくる朝日を睨むと、シーツを身体に巻き付けてベッドから下りた。
裸足のあしの裏に、ひんやりとした床の感触が沁みてくる。
いつもは二人でじゃれ合いながらベッドから下りるから、床の冷たさなんて感じなかったのに…。





今日はなぜかいつもより早い時間に目が覚めてしまった。
隣では瞬がすやすやと可愛らしい寝息をたてて眠っている。あどけないその顔を眺めると、胸に生まれる優しい気持ちに頬をゆるめた。
瞬の額にかかる少し癖のあるふんわりとした髪を、そっと梳いてやる。すると、わずかに身じろぎをしてこちらに顔を向けた。 なんと無防備にやすらかに眠っているのだろう…まるで無垢な天使のようだ。
毎朝、こうしてこの子の顔を見ることになろうとは…。
そうだ、今日はベッドを花びらで一杯にして、瞬を驚かせてやろう。
ちょっとした楽しい思いつきに嬉しくなった私は、瞬を起こさぬようにそっとベッドを抜け出した。

双魚宮の奥、アール・デコ調のガラスの扉を何枚か抜けると、そこにはアフロディーテの薔薇園が広がっている。 朝靄に霞む薔薇たちは、まだ、まどろんでいるかのようだった。
アフロディーテは、早朝のしっとりとした空気と薔薇の香りを胸いっぱいに吸い込むと、花かごとはさみを手に薔薇園の奥へと足を進めた。
色とりどりの薔薇たちは、主の来訪を喜ぶかのように靄に淡く溶け、混ざり合ってアフロディーテを包んでいった。