彼岸花 〜冥瞬戦国絵巻 | 2
「あ、あの……」
「なんだ?」
夜の帳が下りた冥王の軍陣。瞬は総大将である冥王ハーデスのそばに置かれていた。
敵将でありながらもなかなかの厚遇である。
身繕いをしてもらい、湯まで使わせてもらって、瞬はさっぱりとした姿で冥王の横にいる。
冥王はご機嫌で、瞬の問いに答えてくれた。
「いやにあっさり沙織さんを帰してくださいましたね……私には人質の価値などないと思っていましたから」
すると冥王はそんなことかと酒を煽った。
「いや、実は当初は人質として使おうと思っておったのだが、あれが敵陣に単機突っ込むことは有名だったし、なにより我侭でな。余の待遇が気に入らぬとぎゃーぎゃー喚くのだ」
「はぁ……」
心当たりのある瞬はただ呟くようにしか答えられない。
聖域内ではともかく敵陣にあっても我侭放題だったとは、よく殺されなかったなと瞬は変に感心せざるを得ない。
冥王は続ける。
「その点、そなたのほうがそばにおいていて楽しいし、目の保養にもなる。そなたも有名だぞ? 戦場を駆け抜ける紅い姫武将としてな」
「え、そうなんですか?」
戦果の乏しい瞬にはそんな噂を聞くのは初めてで、ただただ驚かざるをえない。
敵陣にいる以上、いろんなことを掴んで逝かなければと思っていた瞬にとって本当に驚きの連続だ。
そんな瞬の手を、冥王がそっと握ってきた。
「瞬、余はそなたが好きだ」
「……はい?」
「初めて戦場でまみえた時から、そなたを思い出さぬ日などない。余は今、とても幸せだ」
「え、あの、ちょっ……きゃあっ」
いうなり冥王は瞬を自分の胸に抱きこんだ。袖の布がさっと瞬の頬を包む。
武将のそれとは思えない、細くて綺麗な冥王の指先。
「あ……」
「これからもそなたは丁重に扱わせてもらう。戦国一愛らしい姫武将だからな」
「私はあなたの寝首をかくかも知れませんよ?」
瞬がきっと彼を睨みすえると冥王は声を上げて笑う。
「――楽しみだ」
冥王はそっと瞬を抱き、そのまま横たえる。
覆いかぶさってきた冥王を慌てて押し返しながら、瞬は彼から逃げようとした。しかしハーデスは彼女を逃がす気など毛頭なく、しっかりと抱き締める。
「な、何を」
「何って、寝首をかくのだろう? そんな状況になるためにはやはり段階を踏まねばならん」
「はい?」
「故に夜伽を」
言い終わる前に瞬の平手がハーデスの頬を直撃する。
それだけでも殺されるには十分だったのだが、何故かハーデスは涙目で逃げ出した瞬の背中を楽しそうに見送っていた。
「可愛い……」
本当に何故なのかはわからない。
ただ冥王が瞬をひどく気に入り、それが故に両軍の和議がなったことは確実だ。
それも、そう長くもなかったのだが。