彼岸花 〜冥瞬戦国絵巻 | 3

死者の亡骸を獣から守るために根に毒を持つ彼岸花が墓地に多く植えられるという。
冥王軍が支配するこの土地には彼岸花が多い。
墓地が多いというわけでもないのに何故この花が多いのだろう。
それは地形を見ればわかった。
この地域には獣の住まう山が多いのだ。おそらく農作物を守っているのだろう。
そんな実用をさておいても、彼岸花は造形的にはとても美しい花だ。
ハーデスの館の庭先にも植えられていて、冥王はそれを好んでいるともいう。
相変わらず単身で敵陣のど真ん中に突っ込んでいった総大将・沙織の生命を救うべく、瞬は身代わりを買って出た。今は人質として冥王の館で暮らしている。
人質といっても一介の武将、しかも沙織とは縁者でもなんでもない小娘としては破格の厚遇だ。
彼女が身につけている綺麗な小袖はハーデスが直々に選んだものらしい。
出来れば薄紅色の甲冑を着て戦場にいたい――大事な人を守るために。
戦場を駆け巡る薄紅色の甲冑。
首が飛ぶたびに吹き出す血はまるで彼岸花のよう。それでも彼女だけは凛と白く。
そして彼女が通り過ぎたあとはまるで竜巻が通ったあとのように無残だという噂。
「とてもそのようには見えませぬが……」
今は人質暮らしなので瞬は甲冑は着ていない。
瞬の身の回りの世話をしているパンドラが対の間からそっと見ていても、瞬はとても大人しい少女に見えるようだ。それがいざ戦場に出れば風神が乗り移ったかのような奮迅ぶりというから、人というものはわからない。一緒に観察していたハーデスがふふっと笑った。
「あれでも、戦は嫌いなんだそうだ。想いと行動が一緒にならぬ歯がゆさを感じておろうに」
いつか太平の世が来ると信じるからこそ、戦場に身を置く覚悟も出来た。
もともと瞬は親がいない。兄とふたりで戦場の真っ只中に捨てられていたのを沙織の祖父である光政に拾われたのだ。そこで彼女は兄や星矢たちとともに育てられ、7歳のときにケフェウス家に養女に入った。まだ13歳だったダイダロスが当主のその家で、瞬は彼の妹として再び養育される。
しかしまた不幸が彼女を襲った。
光政没後に起こった内乱によって兄とも父とも慕ったダイダロスは反逆の汚名を着せられ、重臣のサガによって討ち取られている。のちにその汚名は雪がれたが、それでも家名は途絶えてしまい、ダイダロスももういない。彼女はまた愛する人を失ったのだ。
そのころになると兄も行方不明となり、瞬は沙織を頼って彼女の侍女となる。
沙織を守ると称して戦に出始めたのもちょうどその頃からだ。
「というわけだ」
「よくお調べになりましたね……」
驚くパンドラにハーデスはこれが愛の力だと言ってのけた。
さすがに兜の表飾りに『愛』なんてデカデカと書かなかったが、そのうちより画数の多い『瞬命』とか書きそうでイヤだ。
「まあ、あのアテナよりは扱い良かろう。面倒を見てやってくれ」
「御意にございますが……」
「なんだ、反論があるなら御意とか言うな」
ごもっとも。
パンドラはいいえと首を横に振った。
「ハーデス様の御下命ですから、このパンドラ、誠心誠意お仕えしますがその……」
「何だ、言ってみるがいい」
「あのように一日じーっとしておりますので、どうにもお世話の仕様がなく……」
ハーデスが『戦国一可愛い姫武将』と評する瞬。彼女自身は人質なのだという自覚があるのか、冥王軍に攻撃する口実を与えないように部屋に篭ってじっとしているのだという。
沙織とはえらい違いだ。
それはいかんとハーデスは中庭を飛び越えて瞬の部屋に突撃した。