彼岸花 〜冥瞬戦国絵巻 | 5

燃え盛る城をあとに、黒銀の甲冑の男は振り返る
彼岸花が咲き乱れるその丘で、彼はただ一人
真紅に染まる世界を見た



侍の世に親王位など虚構に等しい。
先帝の皇子に生まれながら兄らによる姦計に陥り、都から遠い遠いこの地まで落ち延びてきた。
幸い、斎宮だった姉に助けられ、生命こそ無事だった。
けれどあの雅な世界がもう届かないという苛立ちが彼の国を大きく育てる一助となっていた。
気がついたら戦国でも珍しい、皇族出身の武将が統治する国家になっていた。
多くの家臣に傅かれ、彼は善政を敷き、他国からの侵入にも屈することなく撃退してきた。
「それも、もう終わりだな」
隣国の聖域との小競り合いは長く続いた。
一時は総大将を捕らえた事もあったが、姫武将と交換し、和議を結んでいたのに。
ハーデスの中にどんな心変わりがあったのかは分からない。
ある日突然、ハーデスは瞬を沙織の元に返すと言い出した。
駕籠に載せられ、丁重に故国に帰されるそのときの瞬の切なそうな顔を、ハーデスは今このときも忘れない。
あれはきっと、少しでも心を寄せてくれていたからだろうと、自分勝手に解釈して。
姫武将を解放し、故国に帰してすぐ、冥王は聖域に総攻撃を仕掛けたのだ。
双方に多大な犠牲が出た。
しかし数で劣る聖域軍が死に物狂いの猛攻を見せ、冥王城は落城の憂き目を見る。
都にいた頃から仕えてくれていた武将のほとんどが討ち死にし、パンドラもまた、もはやこれまでと冥王自ら手にかけた。
冥王に従っていた二人の勇将も、アテナの腹心達に討ち取られる。
ひとり落ち延びたハーデスは城のすぐ脇にある小高い丘に立っていた。
振り返れば城は紅蓮に染まり、その焔は天を焦がす勢いだ。
「鉄壁の城などありはしないと、余はそう知っていたはずなのにな」
ひとりごち、ハーデスはふと天を仰ぐ。
「ああ、綺麗だ……」
紺色の夜が丘の向こうから迫ってくる。
煌く星は某国の憂いを歌ってくれるだろうか。
刃毀れした刀を支えに、ハーデスは苦笑して見せた。
今頃聖域軍が自分を探しているだろう。
まだ戦えるがこの刀ではいくらも応戦できまい。多勢に無勢にもほどがある。
敵の手にかかるくらいならいっそとハーデスは傷ついた長刀を捨て、脇差を取った。
その場に座り込み、兜の緒を緩める。
「今一度、瞬に会いたかったな……」
彼女に手にかかるならそれもまた良いと、そう思いながら。
ハーデスは己が首に刃を当てる。
「さらばだ、瞬」



彼岸花を植えたのは、いつでも君を思っていたかったから

そして