星屑の革紐 | 3

異変はすぐにやってきた。
オリンポスからすぐその足で城戸邸別館にやってきたハーデスはいつものように瞬と穏やかな時間を過ごしていた。
婚約が決まってからというもの、ハーデスはより一層瞬にべたべたと触れまくる。
「もう、くすぐったいですよぉ」
「よいではないか、もう夫婦同然なのだし」
「ダメです」
油断すれば胸元に伸びてくるハーデスの手をそっと外し、変わりにきゅっと握ってやる。
「甘えん坊なんだから」
「仕方がないであろう、甘えたことなどないのだから」
亜麻色の髪にふわっと頬を寄せ、耳元に囁くハーデスの声は低く、けれど瞬の心にきゅんと響く。
愛される事もなく、愛することもなく生きてきた彼がやっと見つけた光――それが瞬なのだ。
瞬はハーデスの手を離さない。
「どうした?」
「ときどき、不安になるんですよ」
瞬はハーデスをじっと見つめる。闇なる男と鎖の少女の間には永遠にあなたのものと約束した星が煌いて。
「不安っていうより……自信がないって言うのかな。本当にあなたを幸せにしてあげられるのかなって、そんなことを考えてしまうの」
「瞬……」
冥王の傍らに座する瞬はそう言って顔を伏せた。
地上を巡る争い――そは聖戦と呼びし悠久の戦い――の中で瞬は何代目かの『冥王の器』であった。
自らの肉体が傷つく事を嫌った彼は器として定めた人間に憑依し、聖戦の指揮を取ってきた。
現代においてもハーデスは瞬をいう肉体を得て地上の制圧に乗り出そうとしていたのだ。
しかし瞬はアテナによって解放され、最後は共にハーデスを打ち負かしている。
そんな時だったのだ、瞬がハーデスの運命と孤独と寂寥とを知ったのは。
「私があなたの為にできることがどれだけあるだろうって……ちゃんとあなたを幸せにしてあげられるのかな」
そう言い終わるのと冥王の胸にすっぽり収まるのはほぼ同時だった。
少しきつく抱きしめられて、ハーデスから感じる男の匂いに僅かにむせる。
「ハーデス……」
「幸せとは、何か。少なくとも余にとってそれは、そなたと睦まじく生きていくことなのだ」
そばにいてくれるだけでいい、そばにいて笑ってくれればいい。
君を悲しませるようなことはもう二度としないと決めたから。
「余のそばを離れないでほしい……瞬……」
「――はい」
何度でも約束しよう――あなたを不安にさせないように。



そして約束は果たされる為にあるのだから