星屑の革紐 | 4

静かに抱き合って一夜を過ごし、朝を迎える。
カーテン越しに薄く差し込んできた柔らかい光に先に目を覚ましたのはハーデスのほうだった。
自分の胸の上にある瞬の頭に心地よい重さを感じながら亜麻色の髪に指を差し入れる。
「まったく、余は抱き枕ではないのだぞ」
言いながらも満更悪い気はしないハーデスは瞬を抱いたままゆっくり体の方向を変える。
眠っている瞬を起こすつもりはなかったのだが、浅い眠りにあったためか、瞬が小さく声を上げた。
「ん……」
「あ、起こしたか?」
すまないとばかりに髪を撫でれば瞬はいいえと首を振る。
「もう朝なの?」
「ああ、名残惜しいがな」
その言葉に嘘はないとばかりに冥王は起き上がらない。かわりに瞬の髪をすいて再び眠りに誘おうとする。
「ん、だめぇ」
「あと五分」
「名残惜しくなっちゃうよ?」
「もう充分名残惜しいと言ったではないか」
他愛もない、可愛らしい会話。
仲のいい恋人ならではのやりとりを見ているものはいない。
瞬は冥王の腕を退け、ゆっくりと起き上がる。
「着替えるからちょっと待ってて」
「ああ」
見ないでねと念を押し、瞬はするりとベッドから抜け出す。ハーデスものそのそと起き上がり端に腰掛けて手櫛で髪を整えている。
さらと聞こえる衣擦れの音、小鳥の声。
世界は鮮やかな色と美しい音に満たされている。もっとも、それも瞬と出会わなければ知ることのなかった世界のすべて。
争いだけが巡る世界なら自分が手を下さなくともとっくに滅んでいただろうと、ハーデスは目を閉じた。
「まだ眠い?」
ふと頬に添えられた温かく柔らかい手の感触に冥王は静かに目を開けた。そしてその手に自分のそれを合わせ、少しずらして口づけた。
「いや、世界を感じておった。地上はこんなにも鮮やかだったかと思ってな」
「あなたがそう感じてくれるなら嬉しいです。私も一緒にいた甲斐があるってものですよ」
アテナとその聖闘士たちが守ろうとしたもの、冥王が滅ぼそうとしたもの。
今は確実にその手を取り合って。
「では余はそろそろ戻る事にしよう。一緒に来るか?」
「ふふ、それはまた今度ね」
ベランダに出れば朝日が東の空を僅かに燃やしているのに出会う。
冥王は眩しそうに目を細めた。
「ではな、瞬。また夜に逢おう」
「はい。待ってますからね」
後朝のキスはいってらっしゃいと名づけた。
朝焼けに溶けていく冥王を、瞬も名残惜しそうに見送る。
これが事件の始まりだとも知らずに。