星屑の革紐 | 5

血相を変えたパンドラから連絡を受けたのはそれからすぐのことだった。
彼女はミーノスを伴って城戸邸別館にやってきていた。
「ハーデスが、戻っていない?」
「はい、未だ瞬様のところにいらっしゃるのだろうと思っていたのですが……」
いつもの時間に玉座にいるはずの冥王がいないとパンドラは言う。そんなはずはないと瞬は首を横に振る。
「だって、私はいつもどおりに見送ったんですよ」
リビングではみなが思い思いの場所に立ち、座っている。瞬の横には沙織がいて、狼狽する彼女を宥めていた。
困惑しているのはパンドラも同じで、変わりにミーノスが唇を開いた。
「地上の日の出の時間によって多少変動はございますが、今の時期ですと既に玉座におわして、 瞬様とご自分がいかに仲睦まじいのかということを惚気られるんですが…… まだお戻りではなかったのでこちらに長居しておられるのではと、そう思った次第でして」
「そうですか……」
突然婚約者が失踪したというドラマ、しかも2時間ものの殺人事件でしか見ないような展開に瞬はがたがたと震えだした。
それだけ彼女が冥王を思っているという証なのだろうが、今はそのことだけが大事なのではない。 天地、大海、そして冥界という参界のうち、冥界を司る王がいなくなってしまったのだ。
冥王が地上という異世界にいるのと、所在が明らかでないというのは別次元で問題は生じてくる。
「ハーデスというのは……まああれです、聖戦さえ起こさなければ世界を統べるという意味で必要な神なのです。 アテナの聖戦的にはいないに越したことはないのですが」
「沙織さん、隣となり」
「隣?」
星矢に指摘されて沙織がちろっと横を見る。悠久の宿敵の不在をちょっと喜んでしまったアテナを瞬が涙目で睨んでいた。
これには流石の沙織も少し挙動不審になったという。
「ご、ごめんなさい、瞬。思わずアテナ的な本音が出てしまったわ」
おほほほと笑う沙織だが、瞬はぽろっと涙を零した。
赤子の頃から追いかけられたり憑依されたりと碌な目に遭っていないはずなのに、恋というものはここまで少女を変えるものらしい。
見ればパンドラもハンカチを顔中に当てておいおい泣いているではないか。
「そ、そうだわ。オリンポスのお父様ならご存知ではないかしら。もしかしたらオリンポスにいるのかもしれないわよ」
連絡を取ってみるからと沙織が電話を取る。オリンポス直通ラインにかけるとゼウスはいないのでヘラに繋いでくれると言う。
その間にみんなにも聞こえるようにスピーカー設定にした。
ヘラが電話に出ると沙織はアテナとして二言三言挨拶をし、早速本題に入った。
「実はハーデスが行方不明なのです。それで行く先をご存知ではないかと思いまして」
アテナの問いかけにヘラが仰天したらしい。
近習の女官たちに誰ぞハーデスを呼び出したものはおらぬかと尋ねて回らせたが該当者はいなかった。
『ハーデスが失踪する心当たりなどないがのう……』
「父上はご不在だと伺っておりますが」
言われてヘラはああと答えた。
『ゼウスはいつもどこぞへ行っておってな、遊びに出て行ったら本人も下半身も鉄砲玉じゃ』
なんとも身も蓋もない言われ様である。
そうですかと電話を切ろうとしたところでヘラが待ちやと声を荒げた。何事かと問えばゼウスが珍しく戻ってきたと言うのだ。
何か知らぬか聞いてやると、ヘラが電話から離れる。
しばらく待つように言われ、そのまま待機していると今度はゼウス本人が電話口に立った。
『アテナ、久しぶりだな! たまには実家に帰っておいで』
「ええ、それはまたおいおいに。ところで父上はハーデスの行き先を存じてはおられませんか?」
沙織がそういうとゼウスは一拍置いて知っている、と言った。
が、そのすぐあとでとんでもない事を言い出した。