氷の戸惑い

 氷河瞬

 ものがたりは未だはじまらず | 5

とうとう瞬のすぐ後ろまで近付いた俺は、声を掛けようかどうしようか、一瞬迷った。
すると、唐突に瞬が振り向いた。
彼の顔には、神々をも魅了する、とろける様な天使の微笑みが浮かんでいた。
夕日の紅を頬に映し、キラキラと潤む瞳に長い睫毛が影を落としているせいか、得も言われぬほどの艶がある。
見たこともない瞬の美しさに、俺の心臓は跳ね上がり、身体が言うことを聞かなくなってしまった。
俺は、酸素の足りない金魚のように喘いでいた。


瞬はさらに微笑みを深くすると、俺の腕にすんなりとした腕を絡ませ、回れ右をさせた。


すっかり混乱してしまった俺は、どうしていいのか分からず瞬を見下ろす。
瞬は年頃の少年らしい悪戯っぽい雰囲気に戻り、いつものように可愛らしい仕草で首を傾けると微笑んで言った。

「ね、お腹空いたからもう帰ろ?」

まっすぐに見詰めてくる瞬の綺麗な瞳。
どうやら今日は機会を逃してしまったようだ……と悟った。
悔しいのに、安堵で肩の力が抜けていく。
俺は目を細めて頷くと、瞬は軽やかに駆けだした。