双碧のやすらぎ

 カノン瞬

 vacances バカンス | 3

いよいよ出発の朝。
迎えのショーファーカーに乗り込んだ瞬は、前日遅くまでかかって片付けていた、引継ぎや残務整理の疲れを引きずっていた。
ゆったりとした革のシートに身体を預けた瞬は、ふぅっと一息ついた。
この旅行の手配は全てカノンに任せている。今までの忙しさも相まって、自身はこれからどこへ連れて行かれるのかすら、まったく知らなかった。
カノンには、ただ「南の楽園に行く」と告げられただけだった。
彼がそう言うのであれば、そこは「楽園」なのだろう。
旅は始まったばかり。詳しいことを尋ねる時間はいくらでもある。
リムジンの心地よい振動を感じているうちに瞬の意識はゆっくりと沈み、カノンの肩にもたれると、ついに行き先など気にするのもやめてしまったのだった。
静かな車内には、瞬の小さな寝息だけが聞こえている。カノンは、瞬の束の間の眠りを守るように、細い肩を抱き寄せた。 絹糸のような髪がさらりと揺れて、もたせ掛けた肩に流れる。その柔らかい髪に触れたい衝動を抑え、カノンはそっと目を閉じた。


空港に到着する頃には、瞬はすっかりいつもの元気を取り戻していた。
完全に「休日」モードにスイッチした瞬は、満面の笑みで甘えるようにカノンの腕にしがみついてはしゃいでいる。 普段は人目を気にしてあまり近付かないようにしている二人だったが、聖域から首尾良く脱出し、 誰も見知った顔の無いこの場所で、カノンがそれ咎めることもなかった。
むしろ、時折優しげに細められる目は、片手の自由を奪われていることを喜んでいるかのようだった。

長身で均整のとれた体躯に端正な面立ちのカノンと、可憐な雰囲気を纏った絶世の美少女(に見える)瞬が並ぶ姿は 相当人目を引くようで、アッパークラスのラウンジに足を踏み入れた瞬間に、それまでくつろいでいた客の視線が二人に集中した。
だが、決して不躾という訳ではなくほんの一瞬の事で、客たちはすぐに自分の会話や読書へと戻っていった。
二人がゆったりとしたソファに腰を落ち着けると、瞬は申し訳なさそうな顔でカノンを上目遣いに見て言った。
「僕が忙しかったせいで、この旅行のこと全部カノンにやってもらっちゃって…ごめんね」
「いや、別に気にしなくていい」
「でも、一緒にガイドブックを見たりして調べたかったな…僕が行きたいって言い出したんだし」
残念そうに俯く瞬の瞳に、長い睫毛が影を落とす。
「忙しかったのだから仕方有るまい。よく頑張ったな」
カノンは丁度運ばれてきたシャンパーニュのグラスを持ち上げると、瞬を見やった。 瞬は微笑むと、繊細な曲線を描くグラスを白い指でそっと持ち上げ、カノンのグラスに注意深く近づける。
「楽しいバカンスに」
「チン」という軽やかな音を奏でたグラスの中では、中心から真っ直ぐに立ち上がる気泡が黄金色に美しく散っていた。